葬式費用を亡くなった人の預貯金を使って支払った後、相続放棄できるか?

相続放棄をしようと考えているときに、気をつけなければいけないのが、法定単純承認に当たるような行為をしないことです。

民法第921条

次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。

一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。

相続放棄を考えている方から相談を受けるときには、亡くなった人のものを勝手に処分しないでくださいと注意をしています。

そして、たまに聞かれるのが、

預貯金を引き出して、葬式費用を支払っても大丈夫か。

という質問です。

これについて、弁護士の中でも、葬式費用は出しても問題ありませんと断定的な口調でいう人がいます。

しかし、私はこのように言ってよいかやや疑問をもっています。

葬式費用を出してもよいとする見解にも根拠があり、その根拠となっているのが、大阪高裁平成14年7月3日決定です。

目次

大阪高裁の判断について

確かに、大阪高裁のこの決定は次のように述べています。

葬儀は、人生最後の儀式として執り行われるものであり、社会的儀式として必要性が高いものである。そして、その時期を予想することは困難であり、葬儀を執り行うためには、必ず相当額の支出を伴うものである。これらの点からすれば、被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。また、相続財産があるにもかかわらず、これを使用することが許されず、相続人らに資力がないため被相続人の葬儀を行うことができないとすれば、むしろ非常識な結果といわざるを得ないものである。
したがって、相続財産から葬儀費用を支出する行為は、法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)には当たらないというべきである。

確かに、この文章を見ると、裁判所も断定的に葬式費用を出しても、法定単純承認には当たらないとしています。

ただ、この決定の事案を見ると、亡くなった方の財産は約300万円のみと思って、それを葬儀費用や墓石の購入費用に充てていました。

この相続人は負債はないと思っていたところ、被相続人が亡くなってから3年以上経ってから、信用保証協会から6000万円近く請求がなされたのです。

相続人にとっては予想外のことであり、預貯金を引き出しているから6000万円近くの負債を返せというのは気の毒な案件だと思うのです。

他の場合でも、預貯金を出して葬式費用に充てて大丈夫か

ただ、当初から亡くなった人に借金があると分かっていた場合でも、同様に、預貯金から葬式費用を支払って、その後、相続放棄をすることができるかという問題があります。

法的には、葬式費用は喪主の負担と考えるのが一般的です。

遺産分割の中で、葬式費用は相続財産から出すべきだと主張しても、相続人全員が合意していなければ、認められないと考えられています。

そのような考え方をすると、葬式費用は、喪主たる相続人が個人的に負担するべきであって、亡くなった人の預貯金から出して、借金の返済に充てられる金額が少なくなるのは、おかしいと考えることもできるように思います。

大阪高裁の事例では、相続財産から葬儀費用を支出しても、法定単純承認には当たらないと判断されましたが、他の事例でも、同様に、裁判所が法定単純承認に当たらないと判断してくれるかは保障しかねるところがあります。

そのため、私は、預貯金から葬式費用を出してもよいかと聞かれても、断定的に問題ありませんとは言わないようにしています。